大分地方裁判所 昭和29年(行)5号 判決 1956年3月12日
原告 首藤栄
被告 清川村選挙管理委員会
主文
被告先代旧白山村選挙管理委員会が大分県大野郡旧白山村々議会議員(現在同郡清川村々議会議員)三代明光、同今村明光、同足立彦馬、同首藤彦馬、同足立勇、同三浦勇、同佐藤五月、同三浦勉、同吉田誠太郎、同斎藤量に対する解職請求者署名簿の署名に関し右議員等の異議申立により、昭和二十九年十一月二十日為した別紙第一目録記載の(1)、(2)、(4)乃至(7)、(10)、(14)、(17)、(19)、(21)乃至(28)、(31)乃至(48)、(50)、(51)の各署名者欄記載の者の署名を無効とする決定はこれを取消す。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告先代旧白山村選挙管理委員会が大分県大野郡旧白山村々議会議員(現在同郡清川村々議会議員)三代明光、同今村明光、同足立彦馬、同首藤彦馬、同足立勇、同三浦勇、同佐藤五月、同三浦勉、同吉田誠太郎、同斎藤量に対する解職請求者署名簿の署名の効力に関し右議員等の異議申立により、昭和二十九年十一月二十日別紙第一目録記載の署名者欄掲記の者の各署名を無効とした決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として「原告は大分県大野郡旧白山村の住民で旧白山村の住民で旧白山村々議会議員及び旧白山村長の選挙権を有する者であるが、主文記載の各旧白山村々議会議員の解職請求者の代表者として各議員の解職請求者署名簿に前記選挙権を有する者の署名押印を求めた結果選挙権を有する者の総数千四百四十四名の三分の一以上の者の署名を得たので昭和二十九年十月十一日右署名簿を旧白山村選挙管理委員会(以下単に委員会と略記する)に提出してこれに署名捺印した者が選挙人名簿に記載されたものであることの証明を求めた。そこで委員会は右各署名簿の審査を行い、同月二十日別紙第二目録記載の通り署名の効力を決定し、その旨証明し同月二十一日告示し、同月二十二日より同月二十八日迄関係人の縦覧に供したところ、同月二十八日各被解職請求者より、右署名に関し異議を申立てたので委員会は、右異議につき審査し、同年十一月二十日別紙第三目録記載の通り前記証明を修正し別紙第一目録記載の各署名は自書でないから無効であると決定し、その旨を告示した。しかし、委員会は前記異議申立に対する審査にあたつて別紙第一目録記載の各署名者本人が自書である旨主張するのに対し何等反証もないのに右目録記載の署名を自書でないとの理由で強て無効と決定したものであるから右決定は違法であつて取消を免れないものである。
なお大分県大野郡旧白山村、旧合川村、旧牧口村は昭和三十年一月一日合併せられて同郡清川村が成立したので被告が旧白山村選挙管理委員会の訴訟手続を承継したものであり、又前記旧白山村々議会議員たる被解職請求者等は、右合併の際の関係三村の協議により同年末日に至る迄引続き清川村々議会議員として在任することとなつたものである。」と述べた。
(証拠省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張の事実中原告が大分県大野郡旧白山村の住民で同村々議会議員及び同村長の選挙権を有していたこと、原告が主文記載の各旧白山村々議会議員の解職請求者の代表者としてその主張するように署名押印を求め、右署名簿を旧白山村選挙管理委員会(以下単に委員会と略記する)に提出したこと、委員会は右署名簿を審査して同月二十日原告主張の通りに署名の効力を決定、証明し縦覧に供したこと、各被解職請求者等は同月二十八日右署名に関し異議を申立てたので委員会は、原告主張の様に前記証明を修正、告示したこと及び原告主張の署名者の内、安藤文平、甲斐スナヱ(旧姓佐藤)以外の者の選挙権を有することはいずれもこれを認める。
委員会は右異議申立に対して職責上中立の立場にあつて審査の為の署名者の出頭不出頭、その証言、署名者の自書と署名簿の字体との照合、肉眼鑑定等を綜合して本件署名簿の署名が自書なるか否かを判定したものであつて、右証明の修正には何等違法の点は存しない。詳言すれば原告主張の柴田千代子、篠崎キヨ、衛藤ヤマ、盛池ミキヱ、衛藤マサエ、三浦市馬、三浦シゲミ、野仲隆の各署名に関しては、委員会は夫々右署名者の居住部落に出張して氏名の自書を求めたが、同人等は出頭しないので後日所定の用紙を同人等に送付して氏名を自書し委員会宛提出するよう依頼したけれども同人等は尚も之に応じなかつた。しかしいやしくも同人等に真に解職請求の意思があるならば自己の署名を有効と確認せしめる為に委員会の求めに応ずべき義務があるのにかかわらずその義務を怠つたのであるから委員会は同人等の署名は自書でないものと認め無効と決定したものである。清松銀夫の署名についてはその居住部落に出張して自書を求めた際同人は出頭しなかつたので所定の用紙を同人に送付したところ白紙の儘返送してきたから同人を無筆者と認めその署名を無効と決定した。首藤ハナヱの署名については委員会がその居住部落に出張して自書を求めた際同人は自書でなく首藤キクヱが代書した旨証言しているので右は無効の署名である。安藤文平は昭和二十七年衆議院議員総選挙の行われた頃より妻子を捨てて単身南海部郡因尾村に住居を構えており、従つて旧白山村においては住民税をも賦課していない。又佐藤スナヱは昭和二十九年三月頃大野郡三重町大字市場九八五番地甲斐今朝則と内縁関係を結び同所に住所を移し、同年九月二十五日同人と婚姻したものである。よつて右両名はいずれも同年十月本件解職請求の行われた際既に旧白山村に住居を持たなかつた者であるから当時選挙人名簿に記載されていても既に旧白山村々長及び同村々議会議員の選挙権を有しないものであつて地方自治法第八十条の解職請求権を有しなかつたことは云うまでもない。よつて右両名の署名はたとえ自書であるとしても解職請求権を有しない者の署名として無効である。
なお大野郡旧白山村、旧合川村、旧牧口村は合併せられ昭和三十年一月一日同郡清川村が成立したこと、被告が旧白山村選挙管理委員会の訴訟手続を承継したこと及び前記被解職請求者等が右合併の際の協議により引続き同年末迄清川村々議会議員として在任するものなることはいずれもこれを認める。しかし旧白山村々議会議員の地位は右合併により既に消滅し、従つてたとえ本訴において右議員解職請求者署名簿の署名を無効とする委員会の決定が取消されて、右署名の有効数が地方自治法所定の数に達するも解職請求の投票を為すべき対象が存在しないこととなるので本訴は既に訴の利益を有しないものと云うべきである。」と述べた。
(証拠省略)
理由
原告が大分県大野郡旧白山村の住民で旧白山村々議会議員及び旧白山村長の選挙権を有すること、主文記載の各旧白山村々議会議員の解職請求者の代表者として各議員の解職請求者署名簿に選挙権を有する者の総数千四百四十四名の三分の一以上の者の署名を得たとして昭和二十九年十月一日右署名簿を旧白山村選挙管理委員会(以下委員会と略記する)に提出してこれに署名捺印した者が選挙人名簿に記載された者であることの証明を求めたこと、そこで委員会は右各署名簿の審査を行い、同月二十日別紙第二目録記載の通り署名の効力を決定し、その旨証明し同月二十一日告示し、同月二十二日より同月二十八日迄関係人の縦覧に供したこと、同月二十八日各被解職請求者より右署名に関し異議の申立があつたので、委員会は右異議につき審査し、同年十一月二十日別紙第三目録記載の通り前記証明を修正し別紙第一目録署名者欄掲記の署名者の署名を自書に非ずとして無効と決定しその旨告示したこと及び右署名者が孰れも当時選挙人名簿に記載せられた者であることはいずれも当事者間に争のないところである。
而して大野郡旧白山村、旧合川村、旧牧口村が昭和三十年一月一日に合併せられ即日同郡清川村が成立したことは当事者間に争がないので、旧白山村の事務は清川村が承継し、従つて旧白山村の機関たる同村選挙管理委員会の事務も被告がこれを承継するものと云うべきであるから被告は旧白山村選挙管理委員会の訴訟上の地位をも承継したものと解するを相当とする。
そこで先ず原告の本訴における訴の利益の有無について判断する。町村合併促進法第九条によると、町村合併の際合併関係町村の議会の議員で当該合併町村の議会の議員の被選挙権を有することとなるものは、合併関係町村の協議により新たに設置された合併町村にあつては、町村合併後一箇年をこえない範囲で定めた期間に限り引続き合併町村の議会の議員として在任することができるとされている。而して、旧白山村、旧合川村、旧牧口村が合併せられた際右三箇村の協議により旧白山村々議会議員たる前記各被解職請求者が引続き昭和三十年末に至る迄新たに設置せられた清川村々議会の議員として在任することになつたことは当事者間に争がない。而して町村合併促進法第九条の規定は同法が町村合併に関する過渡的立法たる性質を有することと同条の規定の趣旨より考察すれば合併関係町村の議会議員は合併により即時その地位を失うと同時に同条の規定に基き直ちに合併町村の議員たる資格を取得するものと解するよりは寧ろ合併により新設された合併町村を関係合併町村の合同体と見て関係合併町村の議会議員は合併後も引続き存続し同条所定の期間その任期を延長せられ同時に合併町村の議会議員としての権限を附与せられたものと解するのが相当である。
然らば、右各議員が清川村々議会議員として在任する限りは、旧白山村々議会議員としての同人等に対する解職請求は、ひいては同人等の旧白山村々議会議員であつた地位を失わしめることとなり、従つて現在の清川村々議会議員としての地位をも失わしめることとなるのであるから、原告の同人等に対する解職請求者署名簿の署名に関する決定の取消を求める本訴請求は尚訴の利益を有するものと云うべきである。
よつて次に原告主張の署名簿の署名が自書であるか否かについて判断する。
(一)、別紙第一目録記載の(1)野仲隆(2)盛池みきゑ事盛池ミキヱ(4)小野来作(5)田吹栄男(6)長野初(7)阿部吉晴(10)衛藤薫夫(14)衛藤恵美子(17)柴田千代子(19)衛藤君子(21)並本タミ子(22)真名井シゲル(23)堀由人(24)衛藤政明(25)真名井抵次郎(26)塩谷清太郎(27)羽田野スミ子(28)三浦カヨ(31)安藤熊夫(32)安藤ミヨ(33)小野静男(34)多田ヨシヱ(35)安藤ケサヨ(37)榎長平(38)三浦ナヲ(39)広岡熊夫(40)多田鶴香(41)安藤文平(43)柳井熊生(44)塩月幸士(45)塩月宝(46)三浦直幸(47)佐藤茂(48)佐藤スナヱ(現在甲斐スナヱ)(50)首藤長馬(51)首藤正敏の各署名は、右各署名者の証言並びに解職請求者署名簿であることにつき当事者間に争のない甲第一乃至第十号証中の同人等の関係部分における署名と記載氏名が当該本人の自書であることは当事者間に争のない乙第一号証中の同人等の自書(但し(1)野仲隆(2)盛池みきゑ(17)柴田千代子(41)安藤文平(48)佐藤スナヱを除く)同人等に対する証人訊問調書附属の宣誓書における署名及び手記(但し(1)野仲隆(2)盛池みきゑ(10)衛藤薫夫(14)衛藤恵美子(19)衛藤君子(24)衛藤政明(26)塩谷清太郎の分)との対照の結果を関係事項毎に綜合すれば孰れもその自書であることが認められる。
(二)、同目録(36)山口アキノ(42)佐藤郷平の各署名は前出甲第一乃至第十号証中の同人等の署名と前出乙第一号証中の同人等の自書との対照の結果によれば自書であることが認められる。
(三)、同目録(3)竹庵ウメ(9)衛藤始(11)安藤テル(12)安藤森松(13)衛藤ヤマ(15)篠崎キヨ(18)秋好千代子(30)三浦シゲミ(49)首藤ハナヱこと首藤花江(52)盛池ツギヱ(53)清松銀夫の各署名は同人等の証言により、同目録(16)首藤スヱの署名は証人首藤正義、首藤常盤の供述により、同目録(29)三浦市馬の署名は証人多田文夫の証言により、いずれも代書せられたものであることが認められる。
(四)、同目録(20)三浦ナツヱの署名については同人は自書である旨証言しているが、前出甲第一乃至第十号証中の同人の署名と前出乙第一号証中の同人の自書、同人に対する証人訊問調書附属の同人の手記及び同人の宣誓書の署名との対照の結果によれば右供述は俄に措信し難く、その他右署名が自書であることを認めるに足りる証拠は存しない。
(五)、同目録(8)衛藤マサヱの署名についてはその自書であることを認めるに足りる証拠は何等存しない。
被告は右各署名者の内安藤文平、甲斐スナヱ(旧姓佐藤)を除く者はすべて選挙権を有するが、安藤文平は昭和二十七年衆議院議員選挙の施行せられた頃より妻子を捨てて単身南海部郡因尾村に住居を構えており、又佐藤スナヱは昭和二十九年三月頃大野郡三重町大字市場九八五番地甲斐今朝則と内縁関係を結び同所に住居を移し、同年九月二十五日同人と婚姻したものであるから、結局右両名は同年十月本件解職請求の行われた際既に旧白山村に住居を有していないものである。よつて同人等は当時選挙人名簿に記載せられていても、旧白山村々長及び同村々議会議員の選挙権を有しないものであるからその署名がたとえ自書であつても有効な署名であると云うことはできない、と主張している。しかし地方自治法第八十条及び同条により準用せられる同法第七十四条第四項第七十四条の二第一項の規定によると、同法は普通地方公共団体の議会の議員の解職請求については法定署名者数の確定、署名審査等の技術的特質に鑑み解職請求権を有する者を実質的選挙権を有する者に限定せず確定した選挙人名簿に記載せられた者とし、選挙管理委員会は解職請求者の署名簿に署名押印した者が選挙人名簿に記載された者であることを証明する権限を有するに止まり、更に進んで実質的な選挙権の有無を判定する権限を附与されていないものと解釈するのが相当である。(尤も解職の投票の場合は地方自治法第八十五条により公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定を準用せられ、実質的な選挙権を有しない者は投票をすることができないことは勿論である)。そうすれば被告の本主張は実質的な選挙権の有無を判断する迄もなく失当として排斥せざるを得ない。
然らば前記(一)、(二)記載の各署名はいずれも本人の自書であることが認められるから有効なものと云うべく、従つて被告の為した右署名を無効とした決定は違法であるから取消を免れない。次に前記(三)記載の各署名が代書であることは前に認定したところであるから特に代書を許す別段の規定のない以上右署名は無効と解する外はない。尚前記(四)、(五)記載の各署名は孰れもその自署たることを認めるに足りる証拠の存しないことは既に説明した通りである。而して解職請求者の署名簿の署名に関する訴訟においては一般抗告訴訟の場合と異り、署名の自書であることを理由として署名無効の決定の取消を求める者は署名の自書であることを立証する責任を負担するものと解すべきである。従つて前記(三)乃至(五)記載の各署名につき被告のこれを無効とした決定は正当であり、この点に関する原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものである。
よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 江崎弥 中西孝 前田亦夫)
(目録省略)